カリギュラ(Amazonビデオ)
「TVでは出来ないバラエティ」
「放送禁止」
「放送コード」
「BPO」
というワードを聞くと、何か格段に面白いものを想像してしまわないだろうか?
これは「カリギュラ」という、Amazonビデオで配信されているオリジナル番組のキャッチフレーズである。
カリギュラは、今田・東野という、芸人界において非常においしいポジションを確保している二人によるバラエティ番組。毎回彼らが「テレビでは通らない企画書」を使って番組を進行する。
カリギュラは、アマゾンの手で制作されている。すなわち、アメリカの巨大資本が、もっと言えば、世界一の大富豪であるジェフ・ベゾスが、「お笑い」という日本の一大文化に目を付け始めているのだ。
視聴方法は、Fire TV Stickを地デジのテレビに挿すだけ。クリエイターなら所持は必須。僕は2つ持ってます。
俺はカリギュラを見て、「TVでは出来ないバラエティ」の正体を見た。
最低の企画「ホームレスクイズ王」
カリギュラの企画の一つ、「ホームレスクイズ王」。
「ホームレスクイズ王」は、テレビ的に言えば「最低の企画」であった。「ホームレスクイズ王」というタイトルの面白そうさに比べて、内容のポップさは皆無であった。つまらないといえばつまらないし、もっと言えば、そもそも笑える番組の体を為していないのだ。
どういうことか?
それを説明する前に、まず「笑いとは何か」を語りたい。
笑いの正体は、緊張と緩和のギャップである。
緊張から緩和状態へ戻ってくるときに笑いは生まれる。きかんしゃトーマスが「血祭りじゃああ」と言えばちょっとおもしろい。本来は結びつかない、緊張の要素と緩和の要素とを掛けあわせるのだ。
ホームレスは緊張と緩和のどちらか。ズバリ「緊張」である。ホームレスは、生きた社会問題であり、緊張感のある要素なのだ。ここで、何か緩和させる要素がほしいわけである。
しかしカリギュラは、そこに救いを与えなかった。
例えばホームレスが、知識だけはめちゃくちゃあればおもしろい。雑学に傾倒した結果職を失ってしまったらおもしろいじゃないか。皆がミスターSASUKEを大好きなのは彼が純粋すぎるから。あるいは、知識はなくとも、ちょっとしたユーモアがあればおもしろい。知識やユーモアがなくとも、分かりやすいプー太郎を演じてもいい。
だが、カリギュラに出てきたホームレスたちはクイズに一問も正解できず、おもしろ回答も狙わない。演技もしない。そもそも集合場所にも集まれないときている。「ホームレスってほんとうになにをさせてもダメなんだな」とサブイボが立ってしまう。
こんなもの、テレビではとても放送できない。
今まではこの手のアングラなバラエティはDVDが請け負ってきたが、これからはインターネット配信会社が抱えていくのだろう。
最高の企画「オレオレ詐欺選手権」
ただし、そんな暗い番組を垂れ流してばかりで着いてくるのはゲテモノ食いだけである。いくら根暗の巣窟であるインターネッツとはいえ、そんなのは少数派である。カリギュラの制作陣だって、日常系アニメで萌え萌えしているオタクたちを振り向かせたいと思っている。
そこで登場したのは「オレオレ詐欺選手権」。
これは素晴らしかった。
これこそ真のバラエティ・ドキュメンタリー。高齢者のリアルを、うまく笑いに昇華している。犯行の手口も多種多様。被害者の反応も多種多様。犯行の手口をしっかり描くことで、他人事ではないことを感じさせられる。最後には不覚にもホロリとしてしまうようなオチまで待っている。
してしまうようなオチまで待っている。
一周回って子供に見せたい番組になってる。道徳の授業を設けるだけでなく、国語も道徳、英語も道徳、挙句には理科や数学まで道徳にしようとしちゃう学校は見習え。
結局、テレビで出来る笑いって何?
テレビでは、お約束的な面白さが求められる。セブンイレブンの弁当は全部同じ味だが全部うまい。一方、居酒屋の変な創作料理はまずい。そういうことだ。だから俺は居酒屋の冷やしトマトは推進派である。味の素がかかってないから。
テレビはあくまで民意の鏡。テレビがバカバカしいのは、見ている人がその程度だからだ。人は皆大人になる。だが、心はどうか。大人になっていく人もいれば、大人の皮を被った子供も大勢いるのだ。一生ジャンクフードを食べていたいヒトは少なくないのだ。芥川賞やアカデミー賞の受賞作を楽しめる人など僅かなのである。だからこそ賞が必要なのだが。
「TVでは出来ないバラエティ」とは、要は毒だ。毒とは、お約束を無視することだ。そこに観客の思考が入り込まなければ成立しないものだ。バカには楽しめない。
じゃあテレビで出来る笑いに毒がないというのかという反論もあるだろう。
テレビが毒を撒くこともある。しかし毒を振りまいたところで、セットで薬が用意されるのだ。
振りまかれた毒はきちんと100%解毒されなければいけない。観客がモヤっとした気持ちで退場しブログに感想を綴るなどということがあってはならない。テレビでは、バッドエンドは決して許されない。
そんな異常な世界で、それでも面白いものを発信し続けるお笑い芸人というのは、やはり偉大だと俺は思う。
まとめ
テレビは最大公約数。
それに対してネット番組は尖ったことが出来て、共鳴する人もいればダメな人もいる。
それだけのことだ。
「オレオレ詐欺選手権」は素晴らしい。
良い子悪い子普通の子
今回は触れなかったが、カリギュラの第一話は「東野が鹿を狩る」である。
これは普通のドキュメンタリーだった。これはNHKでやってもいいんじゃないだろうか。ジビエ流行ってるしさー。