三行で解説
- ビットコイン、バベルの塔、特攻隊、NAVERまとめなど危うげなワードが色々並ぶが王道の純文学
- 主人公が業務やデートを淡々とこなす若干退屈な文体と、謎の人物ニムロッドから送られるLINEの耽美すぎる文体の対比が良い
- ディストピアものだが、あくまで一人称小説であり、なあなあな日常を断捨離して真の価値に飛躍する話にも解釈できる
「ニムロッド」の読み方
メタファーの小説
前回受賞作「送り火」や今回のもう一方の受賞作「1R1分34秒」に比べても物語性・キャラクター性の薄い小説です。
受け身の姿勢でただ物語を追っても楽しくありません。読みながら何かを考える小説です。まあ文藝全般そうですが。
あるいは雰囲気を楽しむ小説と言ってもよい。
日本には村上春樹がいるので、こういった小説は受け入れやすいんじゃないかなと思います。
文体がスゴい
物語は主人公の労働やデートの様子と、謎の人物「ニムロッド」から送られるLINEとが交互に展開されます。
主人公はビットコインのマイニングを任されますが、これがまあ退屈です。
アマゾンで辛口レビューしている人はここが我慢ならなかったのでしょう。
対してニムロッドの文体はすごい。一つの極致と言っても良い。
で、ニムロッドの文体のこれまた「中二病臭い」という意見もわかります。
ビットコイン、バベルの塔、NAVERまとめといったキーワードもどこか俗っぽすぎるから、気に入らない人は多いでしょう。
この対比が一つの特徴。
どちらか片方だけなら確かに陳腐かもしれません。
ですが何かを読み取ろうとするなら全体で捉えることが重要です。
この陰陽の綺麗な対比は日本人の好みに合っていると思います。
ディストピア
この小説は明確にディストピアを描いています。
ディストピアについては以下の記事も読んでみてください。
あるいはカール・マルクスの掲げた「疎外」という概念も頭をよぎります。
人間が作った物が人間自身から離れ、逆に人間を支配するような疎遠な力として現れること。またそれによって、人間があるべき自己の本質を失う状態をいう。
では数あるディストピアものでこの作品の位置付けとはなんなのか。
一人称小説であること
あくまで一人称小説で、ディストピア世界そのものを書いた作品ではありません。
往々にして物語というのは、重い荷物を捨てる決意をさせるものであります。
ニムロッドは特攻機に乗って飛躍し、主人公はサトシ・ナカモトになる。
このオチはディストピアものとして読むと「はぁ?」という感じです。
結局恋人とは疎遠になるので、主人公はディストピアに真正面から突っ込んでいるように見えます。
ですがこれは人間関係を精算する話なのです。
言ってみれば死を弔う話に近い。
誰がディストピアを作り出しているのか
少し変わりますが、ディストピアを生み出しているのは誰でしょうか。
支配者が操っていると思ったら大間違いです。ライムスターのThe choice is yoursを聞くべきです。
その答えは一人一人の人間です。
「じゃあ一人一人が努力してディストピアを回避すればいい」と思うかもしれませんが、それも間違いです。
人間が人間であるためには欲や努力が必要ですが、その欲や努力こそがディストピアを生み出しているという、救いようのないパラドックスが横たわっている訳です。
もし一切の欲や夢や希望や努力を捨てて、今日と同じ人生が永遠に続くのであれば、それこそ究極のディストピアでしょう。
なのでこの小説は答えを出しません。特攻したニムロッド、日常へ帰った恋人、そして何もかも失った主人公。
たとえ世界がディストピアであったとしても、あなたの人生はあなたが選べば良い。そんなメッセージを感じました。
ビットコインの位置付け
最後に、あえてビットコインというモチーフを選んだのにはやはりタイミングがあると思います。
2017年下期の異常な熱気のあと、一旦熱が冷めて幻滅期に入ったタイミングで小説にしたのは良い塩梅でしょう。
ビットコインと、特攻隊やバベルの塔などの古典的なモチーフを紐付けたのは先行者利益ですね。
思いついてもやらないことをやりきったという感じです。
結論
この世界は間違いなくディストピアなのですが、その中でどう個人が生き抜くか。
この小説は一切の答えを与えてくれません。読者一人一人が考える小説です。
『ニムロッド』の完成度はものすごく高いとは言えませんが、芥川賞は若手作家に送られる賞なので、この作風が今後どう発展していくのか、作者のこれからの作品に期待しています。